ヒマワリのスカート

好きなことのスケッチブックです。気の向くままに書いています。よかったら覗いていってね♡

ビクトリア島の涙

 

カナダの1人旅ではユースホステルに宿泊することにしました。
スーツケースを引きずり、1人でバンクーバーの町をウロウロ。
道ばたにある地図を見ていたら車椅子に乗った小さなおばぁちゃんから、「Can I help you?」と声をかけられる。ユースホステルへの道を聞き、お礼を言って別れて歩き出した。お礼を形で示しておこうと思いついて、おばぁちゃんの所に戻って飴を1つプレゼントした。乾燥する飛行機のなかで喉を労わるために買った龍角散。これが抹茶味、せめてイチゴ味だったら良かったのに思いながら。

辿り着いたユースホステルの窓口には、ゴキゲンな若い女性。金髪をおかっぱにしたその女性は、流れる音楽にあわせて踊りながら歌うように受付作業をしていた。その自由さに面食らいながらも、愉快な気持ちになる。
会社の年末年始のおやすみを利用して旅に出たので、ちょうどクリスマスの後だった。「Did you enjoy?」クリスマスは楽しんだ?と聞かれ友だちと居酒屋で過ごしたので「Drink and drink and drink with friends 」と答えた。笑って私もよと返ってきたのでたぶん通じたと思う。カードキーをもらって、日本製ではない信頼性に欠ける見た目のエレベーターに乗り込み3階へ。
女性専用のドミトリーを予約していて、日本のユースホステルと変わらない二段ベットとロッカーと、洗面台がある部屋を確認する。
部屋のなかには既に人がいて、その人がキニーネさん。何度聞いても名前が覚えられなくて、もうクイーネだったか、キニーヌだったか分からなくなってしまった。どれも違う可能性も高い。キニーネさんと呼ぶことにする。
キニーネさんはたぶん60歳代。白髪が混じった手入れをしばらくしていない感じの風貌で、ずっと乾いた咳をしていた。
私は初めての海外1人旅で警戒心をマックスにしていて、「変な病気をもらったらどうしよう、受付に戻って部屋を変えてもらおうかしら。でも何と英語で伝えばいい?」なんて思っていた。
このキニーネさんが、カナダ1人旅をふりかえる時に真っ先に出てくる人になるとは思わなかった。
後から知ることになるんだけれど、キニーネさんはサンフランシスコ出身で、写真家として生計を立てていて、家が見つからず半年間ずっとユースホステルに住んでいるらしかった。
そして何といってもオシャベリだった。
今まで相部屋になった人の詳細を聞いたり、昔に訪れた日本の着物や桜やトイレの話をしたり、今日どこに家を探しに言ったのか、〇〇エリアは土地代が高いとか。
カタコトの英語しか話さない私に向かって、懲りずに理解するまで話しかけてくれた。
初めは新鮮だったけど、だんだん慣れて来て、時差ボケで眠い私は適当を打つ程度には打ち解けていた。「うん」としか返事をしなくてもキニーネさんはずっと喋っていた。時差ボケのことを「Jet lag」と言うこともキニーネさんから教わった。
キニーネさんは大体部屋にいて、私は暗くなる前にユースホステルに帰ってくるので多くの時間をキニーネさんと過ごした。朝出かけるときは、「See you later、Have a nice day」と送り出してくれて、帰ったら一日の報告をする。私は日本からカナダの美容室を予約していて、バッサリと髪を切ったのだけど、その髪型を絶賛してくれた。その美容室は相場よりも大分高いことを教えてもらった。
私はソルトスプリング島に行くかビクトリア島に行くか悩んでいて、キニーネさんは相談に乗ってくれた。今回は時間の制約もあってビクトリア島に行くことにした。キニーネさんはバスに乗った方がいい、とか、自転車を借りても面白いとか教えてくれて、その日も送り出してもらった。
ビクトリア島はバンクーバーから少し離れた小さな島で、見たことのない青い色をした海と、小さな色鮮やかな家、イギリスよりもイギリスらしいと言われる庭園が美しい。
暴力的な時差ボケで喫茶店で寝て過ごした時間の方がトータルすると長いのだけど、満足してホテルに帰り着いた。
キニーネさんは待ち構えるように出迎えてくれて、ビクトリア島はどうだった?と尋ねた。海が美しかった、Beautiful, very blue と自分の英語の語彙力のなさを悔やみながらも伝えた。
キニーネさんは「ビクトリア島は不思議な場所なのよ、とても神聖な
場所。私も友達もビクトリア島の海を見た時、自然と涙がでた」と話し出した。私はとても驚いた。なぜなら私も海と垂直に伸びる道を歩いて海まで着いたとき、勝手に涙があふれ出したから。別に悲しい訳でも、逆に嬉しい訳でもなくて、感情は動いていなくて、ただ、普段の場所からあまりにも遠いところに来たことを思った。どんどん泣きながら、大きな歩幅で風を切るように歩いた。
「私も泣いたの」とキニーネさんに涙のジェスチャーをしながら伝えた。キニーネさんは全然驚かないで、「ビクトリア島はそういう所だから」と頷いていた。
海をみて泣いたこと、1人で風をきって歩いたことは、きっと誰にも言わないでいると思っていた。まさか英語で報告することになるなんて。
海を前にして、澄み渡った孤独と力強さを感じたことは、私にとって特別なことで。
キニーネさんとの思い出と折り重なって、たまに慈しむようにふりかえっている。

f:id:guuuuutara:20170707210238p:image